ユーロリーグの歴史とFIBAとの関係

ユーロリーグの歴史とFIBAとの関係のまとめ記事です。ヨーロッパのバスケといえば恐らくユーロリーグというのが日本でのスタンダードだと思います。2006年世界選手権後、バスケ専門誌でも軒並み特集が組まれたのは記憶に新しい・・・ことはないけど、そんなユーロリーグをもっと知ってみようとまとめてみました。

ULEB

歴史をまとめる前にULEBとはなんぞや?というのを説明。現在ユーロリーグを運営しているULEBとはフランス語のUnion des Ligues Européennes de Basketの頭文字をとった略称で、ヨーロッパのプロリーグの協力と発展の振興を目的としている。

1991年6月25日イタリア、スペイン、フランスのプロリーグがULEBを設立。その後も続々と加盟国は増えて現在は16のプロバスケリーグが所属している。また1998年から現在までEduardo Portela氏(同時にLiga ACBの会長でもある)が会長を務めている。

各国加盟年

91年 イタリア、スペイン、フランス
96年 ギリシャ、ポルトガル
99年 ベルギー、イングランド、スイス
01年 ドイツ、オランダ、ポーランド
02年 NLB(アドリア海リーグ)、オーストリア
03年 リトアニア
04年 チェコ
05年 イスラエル

現在加盟しているのは16リーグ。国やクラブではなくてリーグが加盟するので16リーグと表記させてもらいます。NLBにはユーロリーグ会議で行使できる投票権が与えられているようです。(投票権が与えられている)フルメンバーやメンバーシップというふうにリーグによってランク付(グレード?)があるみたいで、リトアニアとチェコはメンバーシップのようです。

ULEBユーロリーグの設立とFIBAの対応

ULEBは2000年、FIBAから外れることを決め、Telefonica Media(スペインのメディアサービス系の会社)をスポンサーにして、ULEBユーロリーグを立ち上げます。Telefonica Mediaからは5年契約で3500万ドル受け取り、その内の25%を新会社の収益としました。一方でFIBAはSuproleagueという名前の大会を立ち上げます。なぜFIBAがユーロリーグのネーミングをそのまま使えなかったというと、Euroleagueの名前の商標権を持っていなかったため。そのためにULEBがそのままユーロリーグのネーミングを使うことができました。
(そのためにFIBAは法的に訴えることもできなかった)

FIBAはSuproleagueを立ち上げる際の会議において、各国の協会・コーチ・選手はFIBAの大会に参加できるものの、各国クラブチームはFIBAの大会に参加できないことを決めます。つまりユーロリーグに出場しているチームが、Korac Cup(FIBA主催)などのクラブチームが参加する大会に参加できないということ。そのことから、各国の協会は、付則にある国内リーグとの関係に関する文脈を再定義するように要求されます。またこの時、審判に対しても、ULEB主催の大会の審判を行った場合、FIBAの大会と国内選手権を審判することができないように決めます。

協議開始

ヨーロッパには二つの大きなリーグが並立、つまりヨーロッパ大陸から二つのチャンピオンチームが誕生することになります。ULEBユーロリーグはジノビリ率いるキンダー・ボローニャ、FIBA Suproleagueからはマッカビ・テル・アヴィブ。しかし、この分裂によって混乱が生じたのは事実で、FIBAとULEBは協議を始めます。

2001年4月
・ULEBユーロリーグをヨーロッパのクラブ選手権のトップリーグとし、名称を「ユーロリーグ」とする

2001年5月
・ユーロリーグはULEBの完全傘下となることと、Suproleagueに参加していたチームを統合する
・FIBAはユーロバスケット・世界選手権・オリンピックの管理、ULEBがクラブ選手権の管理を行う
・長い歴史を持っていたKorac Cup(72年~)、Saporta Cup(67年~)のクラブ選手権は2002年で終了
・上記二つのクラブ選手権のかわりに2003年からUleb Cupの設立

2005年
・FIBAはユーロリーグをFIBA選手権のひとつと定めることを決定。
・NBAに近いルール(後述)を撤廃し、完全にFIBAルールとした。

ULEBユーロリーグファイナルが行われたのは4月17日~5月10日、Suproleagueのファイナルは5月13日。この時にはすでに協議に入っていたということです。

ルール・システムの違い

ファンを魅了することなどを目的に、NBAルールなどを一部取り入れて、独自ルールを採用した。

試合のルール遍歴
2001年
・ファイナルが1発勝負ではなく5戦方式

2002年
・24秒ルール採用
・NBA式ジャンプボール採用

2004年
・ゴール下のノーチャージエリア採用
・ラスト2分間のタイムアウト後はセンターラインのスローインで再開
・ポゼッションアロー制度は採用せずにNBA式ジャンプボールのルールを残す
・インスタントリプレー(試合最後のシュートまたは試合の勝敗を左右するシュートの時のみ)採用

2005年
・全面的にFIBAルールを採用

審判制度
・3人制度
・審判の合計は45人
(内30人は経験者、残りは若手審判で構成され、年齢制限はなし。ただし50歳以上はフィジカルテスト通過が必要)

2001年時のシステム
4グループ24チームずつに分けられ、1チーム10試合(ホーム&アウェー)で戦う。各グループ上位4チームがプレーオフに進出。プレーオフでは3戦方式、ファイナルフォーは5戦方式が採用された。その後はTOP16なりファイナルフォーが一発勝負形式になったりといろいろ変わってます。

ヨーロッパ国籍以外の選手との契約は2人まで。ヨーロッパ圏の国籍の取得が比較的簡単だったようで、ヨーロッパ出身以外の主力選手は2重国籍が多く、厳密に守られているわけではなかった。
(ちなみにジノビリやオベルト、ノシオーニはイタリア国籍を所持しているはず)

この辺は確かボスマン判決が絡んでいるはずなので、ググって調べてみてください。

追記:
新たな合意です。

参考

http://www.eurobasket.com/
http://en.wikipedia.org/wiki/Euroleague
http://en.wikipedia.org/wiki/ULEB