Serbia
バスケットボールの強豪国とその歴史
2007年夏、セルビアはU-16、U-18、U-20のヨーロッパ選手権とU-19世界選手権に優勝しました。セルビアと聞くと最近で言えばセルビア・モンテネグロを構成していたモンテネグロが独立国となり、正式に分離したことが新しいですね。日本に住んでいると普段は聞かない国名なので馴染みが無いですが、ここではそのセルビア及びユーゴスラビアのバスケットボールの歴史を少しまとめてみたいと思います。
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(旧ユーゴ)
まずは旧ユーゴスラビアを説明から。かつてセルビアは、モンテネグロ、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニアと旧ユーゴスラビア連邦を構成していました。ユーゴスラビアは崩壊するまでソ連(1991年崩壊)と肩を並べるバスケットボール強豪国でもあったんです。
ユーゴスラビアの大きなターニングポイントは1991年。スロベニアとクロアチアがユーゴスラビアからの独立を宣言します。どちらの国も91年までナショナルチームはユーゴスラビアとして出場しています。スロベニアやクロアチアは今でもバスケ(その他スポーツ)で強豪国として知られてますね。その国々で構成されていたのですから強いはずです(笑)
黄金世代の登場
黄金世代を擁した80年代後半~90年代初頭にかけては国際大会の結果は素晴らしいです。1987年世界ジュニア選手権ではアメリカを下し優勝(主なメンバーはディバッツ、クーコッチ、ラジャ etc.)してます。
88年ソウル五輪は銀メダル、ヨーロッパ選手権は89年、91年と連覇。世界選手権は86年3位(ペトロビッチが大会MVP)、90年は優勝です。この辺りのユーゴスラビア代表メンバーは豪華!のちにNBAで活躍したり挑戦した選手達が中心です。ドラゼン・ペトロビッチ、V.ディバッツ、T.クーコッチ、D.ラジャ、D.パスパリ、S.ブランコビッチ、P.ダニロヴィッチや現在コーチで有名なZ.オブラドヴィッチなどもいます。
独立宣言から紛争突入へ
1991年6月、スロベニア、マケドニア、クロアチアが独立宣言。特にクロアチア紛争は長期化、続いて92年4月にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争も勃発。また同時にセルビアとモンテネグロで構成するユーゴスラビア連邦共和国が生まれました。独立宣言によってユーゴのバスケットボール事情も様変わり。代表を多く輩出していたセルビアとクロアチアが分裂することになります。
92年のドリームチーム躍進の影で・・・
同年5月、国連は新ユーゴスラビアに対して経済制裁を発動します。これによって91年ヨーロッパ選手権で優勝した旧ユーゴスラビアは、92年のバルセロナオリンピックに出ることが出来なくなりました。代わりにクロアチアが出場することが決定します。そのクロアチアはクーコッチ、ペトロヴィッチ、ラジャ、タバックなどを擁して決勝まで進み、見事銀メダルを獲得してます。
再び黄金時代へ
95年のユーロバスケットで再び国際舞台に戻った新ユーゴ。ディバッツ、ダニロビッチに加えてD.ボディロガ、A.ジョルジェビッチ、Z.サビィッチ、Z.レブラーシャといった若くて全盛を向かえた選手達が代表入り。決勝ではリトアニアをくだし優勝(この年のファイナルはユーロバスケットの歴史でも名勝負のひとつといわれているそうです)。翌年のアトランタ五輪ではアメリカに決勝で敗れたものの、銀メダルを獲得しました。
97年のユーロバスケットでは決勝でイタリアをくだして大会連覇を成し遂げます。98年の世界選手権ではロシアをくだし8年ぶりに王者に。ちなみにNBAは当時ロックアウトでNBA選手の派遣を行いませんでした・・・。
99年のユーロバスケットでは主力組に加え代表復帰したディバッツやP.ストヤコビッチ、M.グロビッチ、D.ターラッチなどを擁して3連覇を狙ったものの準決勝で前回大会の雪辱を狙うイタリアに敗退。3位決定戦でフランスをくだして銅メダルを獲得。ちなみに当時のイタリアにはアテネ五輪で活躍した主力がいました。
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