Serbia

またしても紛争へ

1999年3月、NATOの介入と空爆によってコソボ問題が国際社会でも大きく取り上げられるようになったのはちょうどこの時期。2000年にセルビア軍がコソボから撤退してから終結に向かったようですが、空爆が行われていた頃にアメリカにいたディバッツは毎日電話してたそうですね。ESPNスポーツセンターで特集かニュースかがあったと思います。

2000年のシドニー五輪では決勝トーナメントでリトアニアに敗退、さらにイタリアにも負けて6位に終わることに・・・。ディバッツとジョルジェビッチは家族との時間を過ごしたいなどの理由で不参加だったのが結果に大きく響く形になってます。この頃になると今現在ヨーロッパやNBAの主力で活躍してる選手達が代表入りしていますね。ナバーロ、ガソル、ノヴィツキー、パパルーカス、パーカーといった面々です。本当に豪華です。

翌2001年のユーロバスケットではシドニーオリンピックの雪辱を晴らすかのように予選ラウンドを圧倒します。決勝では1Qこそトゥルクオール(H.ターコルー)やクトゥルアイ、オクール率いるトルコにリードを許すものの、そのあとはユーゴスラビアのペース。大会MVPはP.ストヤコビッチが獲得、大会通して圧倒的な強さで優勝しました。

連覇のかかった2002年の世界選手権は世界のバスケットボールシーンの変化を印象付けた大会として有名ですね。NBA選手で構成されたUSA代表チームの連勝記録が止まった大会でもあります。なので特に日本のファンには印象が強く残ってると思います。

この大会ではディバッツが再び代表に復帰。新ユーゴとしては史上最強メンバーかもしれないです。のちに現役NBA選手やNBA入りする選手がずらり。決勝トーナメントでは地元USA代表、次のニュージーランドをくだして決勝へ進みます。大会ベストチームのアルゼンチン相手の決勝では延長にもつれこむ接戦。ボディロガの終盤の神がかり的な活躍や新ユーゴ有利の判定などもあって、優勝しました。

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