Serbia

そして2007年現在へ-

冒頭に触れたように2007年夏、セルビアの若い世代は4つのゴールドメダルを獲得しました。旧ユーゴ、新ユーゴで見せた頃のような黄金時代は再びやってくるのかはわかりません。時代は変わりましたからね。ユーロバスケット2007では活躍した若い世代を何人か入れたのと、M.グロビッチを復帰させたりしましたけど、結果は残せませんでしたから。

その他筆記事項

  • D.ペトロビッチは1993年6月7日事故死。V.ディバッツは和解を求めていたけど結局和解できなかったとか。今も生きていたら・・・
  • 紛争によって疎遠になっていたディバッツとクーコッチ。再び一緒にプレーしたのはBasketball Without Bordersだった。その時スロベニアのR.ネステロビッチも一緒にクリニックを行っている。
  • サッカーのシニシャ・ミハイロビッチ選手の引退試合で、ディバッツはゴールキーパーとして出場した。
  • 名古屋グランパスエイトなどで活躍したストイコビッチとディバッツは日本で対談を行っている。その時の本は出版されてます。
  • ディバッツはコソボ解放軍によって両親を銃殺された子供を養子にしている。
  • ストヤコビッチは、クロアチアのポジェガ生まれ。ギリシャ市民権を持っており、妻はギリシャ人。
  • キャブスのA.パブロビッチはセルビア国籍だけどモンテネグロ出身。どちらでプレーするかは決めてなかったが2007年7月セルビア代表でプレーすることを決めた。

ディバッツは他にもセルビアの有名な選手達と一緒にGroup Sevenを設立して、世界各国でクリニックなどの活動も精力的に行ってるようです。最近では中国でも行われたとか。

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