ヨーロッパクラブの若いバスケ選手の育成方法

The Lithuanian Way

ビリニュス地区では、光る硬材の床でのうちの1つにある明るく照らされた現代的な体育館で、7才になるたくさんの子ども達がつまづいています、お互いを追いかけっこしている姿はバスケットボールよりもラグビーに似た運動のように思います。

リトアニアの首都はバロック様式、ルネッサンス建築といったユニークな組合せで最も知られているかもしれませんが、ヨーロッパにおいてバスケットボールが最も人気のあるスポーツである少ない都市のうちの1つです。

~中略~

サルナス・マーシャロニス バスケットボールアカデミーや他の施設は、リトアニアが1990年に独立宣言した時から残るソビエト時代の名残です。約360万人の小さな国には、私営のスクールと政府経営のスクールが点在しています。そのうち最も著名なのは、カウナスから1時間ほど離れたところにある施設で、元NBA選手のマーシャロニスとサボニスが経営するスクールです。

国際大会でアメリカの負けが当たり前になる以前、2000年のシドニー五輪においてNBA選手で構成されたアメリカ代表を初めて負かそうとした国がリトアニアです。
(メリーランド大出身のサルナス・ヤシケビシウスの逆転を狙った最後のスリーポイントは入らなかった)

マーシャロニスとサボニスは7歳~18歳を対象にしたプログラムを1992年に開始。1988年のソウル五輪金メダル、2つの銀メダルの獲得とNBAで数シーズンプレーした経験のあるマーシャロニスは自身のお金でバスケットボールアカデミーを設立。しかし、現在は経費をカバーするために、大部分はスポンサーと授業料に頼っています。

マーシャロニスはカウナスで育ったことをおぼえています。昔、彼の友人と庭にフープを作りました。しかし、家族は若干の単純な必需品を提供するのに苦労しました。「おばあちゃんが、僕のために靴下を編んでくれた」と、彼は言いました。

マーシャロニスは4つの体育館を所有しており、内3つは主要なところに設置されています。サボニスは以前テニスコートだったところを買収し、最新のバスケットボールの施設に改造。4つのコート、ウェイトルーム、カフェテリアを作りました。

全てを負担するCSKAのプログラムとは違い、これらのアカデミーは登校前と放課後にプログラムを行います。両親は、(子ども達が)早い年齢で基礎を学び、12歳に達する時、競争に従事するプログラムに支払います。子ども達はライフスキルも教えられて、英語のレッスンも受けます。

7歳で入学する生徒達は、1週間に3度の練習を始めます。3年後には週に90分の練習を4回。5年目になると練習は5回に増えます。リトアニアの若者は18歳になるまでプロ契約はしません。そしてそのほとんどは、アメリカの大学でプレーすることを選びます。

これがプレーヤーを生み出す最高の方法であるかどうか尋ねられて、マーシャロニスは肩をすくめて答えました。
「何が正しくて、何が間違ってるなんてことは言えない。時がより良いように示してくれるんじゃないかな・・・」
2006年世界選手権を7位で終えたリトアニア代表のうち6人が、この2つのスクール出身の選手です。またサボニスのスクール出身のMartynas Andriuskeviciusはシカゴブルズで控えのセンターです。

マーシャロニス アカデミーの1ヵ月の授業料は120リタス ― およそ45ドル(リトアニアの平均月収のほぼ10分の1) ― です。最も優秀な年上のプレーヤーには、授業料が無料もしくは割引されます。マーシャロニスは特別な例を挙げました。彼は一部の家族を援助する気があるようです。
「3人の子どもがいるシングルマザーや離婚した家族の場合、我々には他に社会的な義務がある、無料で彼らに援助します。」

マーシャロニスのプログラムには7歳~18歳にわたる815人の子ども達が在籍しています。また11人の認定コーチがいて、それぞれ2つの年齢層に割り当てられます。コーチのための年齢層以外は、5年で異なっていることを除いては、サボニスのプログラムも同様です。

子供たちがプログラムから卒業するまで、コーチはプレーヤーの同じグループにとどまります。そのことは、連続性を維持することと、長続きする絆を築くのを助けます。

Marius Linartis氏は1998年以降、16歳以下のチームをコーチしています。先月、63点差で相手チームを負かした際には、彼の選手達はチームバスケットボール(ボールの無いところでの動き、オフェンスでの複数のパス、バスケットへに向かうカットプレー、固いディフェンス)をつけました。

スタートのセンターであるPovilas Duchouskisはインサイドで威圧的な存在であるけれど、ステップアウトして3Pシュートを決めました。Augustus Peciuleviciusはほとんど自由にバスケットに向かっていくほどクイックな選手でした。

Marius Linartis氏が最初に彼らをコーチングしていた時、初心者として好き放題にやらせておくことから、標準的なやり方を用いて、ドリブル・パス・シュート・ディフェンスの方法を徐々に教えたのです。Marius Linartis氏(当時33歳)は、自分のチームを導くために経験を重ね、1年間アシスタントとして働いた彼は、マーシャロニス アカデミーで10年になる。加えて、彼は1991年生まれの子どもと1998年生まれの子どももコーチしている。教える焦点は、よりシンプルで、例えばドリブルにおいてはボールを見ないでドリブルすることです。
「低い年齢においては、ボールの感覚を掴ませようとしています。バスケットボールをするために、ボールを感じなければなりません。」

ほとんどが15歳になるチームにおいては、ゾーンディフェンスの原則を教える、そして、たとえ彼らがどんなに身長が高くてもローポストでの得点の仕方をどの選手にも学ばせます。
「わたしにはプレーヤーがどのように成長するかはわかりません。おそらく10年間、彼はセンターのポジションでプレーすることができる」
ガードやフォワード、センターに集中した成長をさせないというのが理由であるとMarius Linartis氏は説明します。
「プレーヤーは知っておかなくてはいけません。彼らにはバスケットボールの全てを知って欲しい」
ドンネルソンさんのインタビューは日本語訳が難しいので中略ですw

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